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麻帆良白書 第5話「本当の敵とお風呂の恐怖」 投稿者:ケンツ 投稿日:05/05-14:26 No.446




          ==第5話  本当の敵とお風呂の恐怖 ==






 日が沈みかけた頃、夕日の光は街や海を綺麗に彩る。
 麻帆良の森も例外なく緑から橙色へと変身する。そこに一人の青年と二人の少女が互いに距離を置き、森の中を歩いていた。


 刹那達に宣戦布告を受けた蔵馬は人気の無い森をずんずん進む。
 蔵馬達の周りには森しかない。さらに奥へ奥へと進む度に周りから発せられる不気味な雰囲気が、より一層蔵馬達に圧し掛かる。 


 だが、それらを歯牙にもかけない様にスタスタと歩く蔵馬。

 蔵馬の少し後ろを歩いていた刹那と龍宮は、さっきの蔵馬の発言・行動について検討しているようだ。


「それにしても……南野先生はなぜこのような場所にしたんだ?」

「さあな、どうやら本当に無意味な破壊はあまりお好みじゃ無いようだ…………しかし、意外だったな。こうもあっさり正体を明かすのが」

「そうだな……」

 刹那達は未だ納得できないようでもあったが、それでも隙は一切見せまいと更に警戒を強める。
 その表情は少しの不手際も許さない、まさに真剣そのものであった。



 暫く森の中を歩き回っていた蔵馬たちであったが、不意に蔵馬の歩みが止まる。
 刹那と龍宮も同じように止まるが、彼女達は疑問に思っていないようだ。
 

「ここで良いな……」


 蔵馬の声があたり一面に広がる。

 彼らが足を止めたところは何ら印象的ではない、ただ木々が並んでいるだけの森。 


「さて、ここまで来てなんだが……オレはなるべく話し合いで解決したいな」


 蔵馬はフッと軽い笑みを浮べる。
 場違いとも思えるその笑みは、どこか苦笑いも含まれているように感じる。 
 
 
 それに対し刹那たちは戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。 
 未だ蔵馬のことを完全に信用しているとは思えない。


「……じゃあ質問、よろしいですか?」

「ええ、お構いなく」  

 無駄な戦闘をしたくない蔵馬は渋々ながら、相手の条件をなるべく呑む様に答える。  
 
 刹那たちは鋭い眼光を保ちながら蔵馬を見やる。


「では早速……南野先生。あなたは何者ですか?」 

 刹那の質問に又もや呆れの溜息が出る蔵馬。
 彼女達はどうしても“それ”を聞きたいようなのだが、蔵馬はどうしても言い辛いことでもある。


 自分は異世界から来たとどうして言えるだろうか? 

 頭の中で色々な思考が飛び交うが、蔵馬は今この場に見合う考えなどあるわけもないと自分自身に断言する。


「……貴方達の言う通り、オレは妖怪だ」

「それで?……この麻帆良学園には何の用で?」

 蔵馬の返答に合間なく、不敵な笑みで龍宮は質問を飛ばす。


 ここまでは蔵馬も想定内であった。
 しかしこの後に何を言えばいいだろうかと悩みに悩んだが。


「信じてはもらえないが……異世界から来たんだ。どうやって、何の目的でこの地に用があるか、俺自身も分からない」

「「…………ハァ?」」

 バカにされる覚悟で真実を告げた。

 予想通り、刹那たちは呆気に取られたような表情である。


「だから、オレは異世界から……って、学園長から聞いてないのか?」

「いえ、全く……」

「どうせなら直接聞いたほうが手っ取り早いと思ったのだが……?」

 
 こうやって気になるのならば、なぜ学園長に聞かないのか? いや、すでに教師としてこの場に居座るのだから学園長から許可されたと気づかないのだろうか?
 初日から生徒の考えに不安を抱く蔵馬だが、このままいけば無駄な労力を使わずに済むという微かな希望もあった。

 
 
 蔵がそのようなことを考えている間にも。事情を聞いていた龍宮は哀れむ表情で蔵馬を見つめる。

「まぁ先生、あんたの精神に異常があるかもしれないが……」

「そんな事を平気で言う君に賞賛の拍手を送りたいね」

「それはどうも」


 第一声が予想通りの馬鹿にした発言に蔵馬もがっかりするどころか、逆に皮肉で返す。
 蔵馬の皮肉にも龍宮は歯牙にもかけないようすであっさり受け流す。



 二人の口論に、ただ一人取り残されていた刹那は一応区切りを見つけると割り込むように蔵馬に告げる。


「……ゴホン。まぁ取り合えず、信じてあげますよ」

「こんなサイコなことを言っているのにか?」

「いえ、学園長に聞けばいずれ分かることですし」


 ――だったら初めからそうしてくれ……


 冷静な態度を保つ刹那だが、傍から見れば矛盾している様にも取れる。
 蔵馬も指摘したい気持ちは沸々と湧いていたが、その気持ちも今は抑えておくしかないようだった。



 心の中で狼狽している蔵馬に気づくはずもなく、刹那は思い出したように再度蔵馬に言い放つ。


「……それと、先生は“お嬢様”のことは知ってますか?」


 ――お嬢様?

「いや何のことか全く分からないが……」

「……そうですか」

 今度は全く違う質問に蔵馬も一瞬何のことか分からないが、ここは正直に、また不快感を与えないように無難な答えを選んだ。

 
 刹那も蔵馬の答えに、どこかホッとしたような安堵感が表情に表れていた。



 刹那の質問の後、その場は一時無音の空間と化した。
 この空気に察してか、蔵馬も怪訝そうな顔つきで刹那たちを伺う。


「質問はそれだけか?」


 何か言わなければここにいること自体馬鹿らしく感じたのか、蔵馬は何気ない一言を放つ。
 
 まだ何かあるだろうと悟った蔵馬は相手の言葉を待つばかりだったのだが。


「「………………」」

「おい、あれだけ殺気を出しながら尾行して、言いたいことが二つとはどういうことだ?」


 だが、彼女達はお互いに顔を合わすだけで、もうネタが切れた漫才のようにその場に立ち尽くすだけであった。

 予想外の展開に若干蔵馬にも焦りの色が見えている。
 本当に彼女達は聞く事が無いようだ。 


 
 今の雰囲気と、蔵馬の言葉に耐え切れなかったのだろうか、龍宮は肩を震わせながら笑い声を発する。

「あはは、私は雇われただけだから、てっきり刹那に考えがあると思っていたのだが」

「いや、こういう展開は考えてなかったんだ」

 龍宮はそう言うと、視線を刹那へと投げかける。

 対する刹那は龍宮から視線を受けたものの、彼女自身もこのような展開は考えていなかったのだろう。
 焦りが顔に出ていた。


「雇われたって……戦闘前提だったのか?」

「場合によっては……だったけど」

 
 蔵馬は呆れ混じりの口調で尋ねる。
 何もかも準備万全の彼女達には頭が上がらないようである。


 龍宮も不敵な笑みを返した後、今度は腕を組みながら何か悩んでいるように真剣な眼差しになる。


「困ったな~。キャンセル料はどうしようかな……先生。これ以上生徒でもある刹那から巻き上げるのもなんだし、立て替えてくれないか?」

「それは“理科・数学の単位を1でも構わない”と取ってもいいのか?」

「就任初日からの職権乱用はいただけないな~♪」

「君のジャイアニズムに比べたら大した事はないさ♪」


 真顔で蔵馬に注文する彼女に流石の蔵馬も頭にきたようだ。
 目を細め、多少の怒気を混ぜながらも表情には決して表さないように脅しに掛かる。 
 龍宮も蔵馬の脅しに笑顔で答え、さらに蔵馬もお返しとばかりに笑顔で答える。  


 端から見ている刹那にとっては居心地が悪いに違いない。


 いつまで続くか分からない口論に、刹那は何としても場の空気を変えるため二人の会話に割って入る。

「……そ、それだったら」

「何でしょう?」

 雰囲気に負けぬよう声のボリュームを上げて望む。
 蔵馬も聞こえていたのだろうか、龍宮に見せた笑顔で刹那へと振り返る。
 その笑顔で一歩後ずさりをした刹那だが。


「先生は腕に覚えはあるのでしょうか?」

「……えっ?」

 刹那の質問に思わず間の抜けた声を上げる。
 予想外の質問に蔵馬は思考が一時停止したが、対照的に龍宮は何か思い浮かんだように声を上げた。


「そうか……それもそうだな。先生はあのエヴァンジェリンさんと互角だったそうじゃないか?」

「誰から聞いたんだ……」

 何かに納得したように、龍宮はうんうんと頷く。
 
 蔵馬も昨日の出来事をどうやって知ったのか、彼女達の情報網に感心しながらも敢えてこの場で告発するのにも呆れてしまった。


「少々緊迫感に欠けるが、依頼料はこれで良いな……」

「おい、だから……」

 もう戦闘は免れない状況に蔵馬も口を出すが、龍宮は依然無視を貫く。


「では先生。ここは一つ手合わせをお願いします」

「なぜそうなる?」

 自己主義の龍宮をほっとくとして刹那までもが無視しだしたのではどうしようもない。
 
 だがお辞儀をした彼女のほうがマシだと言えるだろう。

 やるせない不快感を抱きつつも、蔵馬は視線を刹那へと変える。彼女は自分の身長位あるであろう大きな刀『野太刀』を抜いており、今度は隣の龍宮へと視線を変えれば、彼女の両手にはハンドガンらしき拳銃が握られていた。


 ――やれやれ、いつの間にか女の子が物騒な物を持つ時代になったんだな…………ん、物騒な物? どう見ても銃刀法違反!?

「バレなきゃいいんだよ」


 ――また読まれた!?

 朝から老人に読まれたり、現に今も少女に読まれるなど、隠し事をするのが下手になったのではないかと蔵馬は自分に悪態をつく。
 また龍宮が言ったセリフが普通なら悪党の決まり文句の一つとして使われているのだが、蔵馬は何処と無く懐かしく感じたのか、思わず口元が緩んでいた。

 
「と言うわけで……行きます!」

 ――何がというわけだ!?


 あれこれ色々なことを考えている蔵馬に待ったを掛けるつもりなど毛頭無い刹那は、地面を蹴り、一瞬のうちに蔵馬との距離を縮める。
 不意を突かれた蔵馬にとって、この行動は最大の策といってもいいだろう。
 
 刹那は先ほどの野太刀を鞘に収めて、瞬動によって縮めた距離は一気に攻撃範囲に達する。
 さらにあれほど長い野太刀が不利になっていないように鞘から引き抜かれた。
 その鈍い光を放つ鋭い刃が蔵馬の首元へと襲い掛かる。





 ●○●○●○●○



 ――蔵馬side



 鞘から迸る銀光の刃物は、無駄の無い速さで首元へと走る。
 一瞬のうちに間合いに入る彼女の行動、そして無駄の無い抜刀。
 どれをとっても普通の少女ではないと分かっていた。 
 そう、教室から感じたあの“妖気”で、既に人とは違う何かを感じていた。




「っ!!」



 相手を過小評価していた訳でもないのだが、この迅速且つ正確さには避けるしかない。
 反射的に後ろへ退いた蔵馬は幸いにも何処か斬られた様子は無く、変わりに自慢の髪が数本切られたくらいだった。

 
 ――おいおい、手合いじゃないのか? いきなり急所を狙うなんて……どうかしてる。


 彼女達と距離をとった後、直ぐに斬られていない首に手をやる。もし相手を過小評価などしていたら自分はすでにこの世にいなかっただろう。
 最悪の結果を考えると一瞬体に戦慄が走り、額から冷や汗が出てきた。 

 ――かなりの使い手だ。これがあの神鳴流とやらか……っと危ない、危ないって、さらに実弾とは……
 
 名簿にも書いてあった“神鳴流”と彼女について分析していたときだった。
 
 彼女の後ろから発砲音が聞こえ、一度身を翻す。
 チラッと視線をさっきまで自分のいた所に移すと、そこには小さく削られた地面が見えた。


 ――なんて連携だ……相当慣れているな。

 蔵馬は即座にその発砲者が龍宮だと判断する。
 
 単なる一撃必殺なわけではない。
 例え第一撃を避けたとしても油断したところにさらに叩き込む。シンプルではあるが、それゆえ確実。 

 タイミング、正確さを見て彼女達は単なるデキる者としてではなく、達人の域まで達しているだろう。
 
 だが、これで闘争心に火が点いた。
 緑色の光を宿した眼ではなく、色彩を失った不気味な光を放つ眼に変える。
 彼を纏う闘気はさらに威力を増し、嫌な圧力が加わっていた。




 ●○●○●○●○



 ――龍宮side


 
 刹那の斬撃に気を取られている間にケリを着けようと思っていた。
 彼が安心した時を狙った。
 今日も上手くいったと思っていた。
 だが、彼の無駄の無い動き、さらに一般人では出せない瞬発力によりかわされる。
 教室に入ってきた時から分かっていた。
 彼が普通の教師ではないことに。 




 ――おいおい、あれを避けるのか?
 
 先ほどの刹那の攻撃、そして自分の攻撃を容易く避ける彼に、素直に驚愕の表情を浮べ、また冷や汗が頬をつたる。
 今の攻撃で相手の足を撃ち、本来は自由を奪うつもりだったが、それをいとも簡単に避けられては堪ったものではない。
 また彼の眼が今までのとは変わっていたことに気づいていた。





 ●○●○●○●○





 そんな事を知ってか、刹那の斬撃が蔵馬へとたくさん飛び交う。横払から切上、さらに切下などいくつもの斬撃が蔵馬を襲う。
 鋭く、悉く急所を狙うその太刀筋でも蔵馬はそれを見切ったのか、全ての攻撃を寸前のところで難なくかわす。
 一旦刹那との間合いが遠くなると今度は龍宮が弾丸を放つ。しかし蔵馬はそれすらも見計らったのか、タイミング良く避ける。
 戦闘開始から数十分経った今でもこれらの繰り返しであった。
 


 
「ハァ、仕方ない……」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、蔵馬は思い切って大きく飛翔し、軽やかに木の枝に止まる。
 そこにあの綺麗に靡く赤髪からおもむろに一輪の薔薇を取り出した。


「っ!? 何を?」


 この奇抜な行動に刹那は不意をつかれ、動きが止まる。 

 龍宮も何を仕掛けるのか分からない状況のため、同じように動きを止めた。




「薔薇棘鞭刃(ローズウィップ)!」

 蔵馬が赤いバラを一振りすると、いつの間にか彼の手に緑の鞭が装備されている。
 これが蔵馬の武器“薔薇棘鞭刃(ローズウィップ)”
 彼の能力は植物に妖気を通すことで植物を支配し、思いのままに武器化することが出来る。


 薔薇棘鞭刃(ローズウィップ)があらわれた途端、仄かに甘いバラの香りが当たり一面に漂う。



((キザな奴だーー!!))


 刹那と龍宮は蔵馬の不敵な笑顔。そして誘うように香るバラの匂い。
 その二つが刹那たちの戦意を削る。 
  

「さぁ、どうする? 今度はこっちからいくぞ」

   
 たかが武器を持ったぐらいでも蔵馬には随分余裕の表情が出ている。
 
 これが何を意味するのか、刹那たちは分かっていたのだろう。
 さっきまで拍子抜けしていた表情とは違い、また相手に向かうために身構える。
 




 ●○●○●○●○





 ――蔵馬side



 さてさて、いつまでも彼女達と戦っている場合じゃない。
 もしこんなところを誰かに見つかったら……減給? いやきっとあの学園長のことだ。もっと仕事を押し付けてくるはず。
 その前にケリを着けるか……。 
 しかし、一体彼女達は何をしてこんなに強くなったんだ? 
 今となってはどうしようもない謎に、今頃気づいた自分が情けない。



 
 後手に廻っていた行動から今度は先手、先手と早く行動する。

 不規則な動きをするその攻撃は刹那にとってあまり経験の無いことなのだろう。
 さっきとは打って変わり、防ぐことしか出来ないようだ。
 



 ●○●○●○●○





 いつの間にか両者とも手合いだということを忘れているかのような光景だった。


 
 蔵馬は相手に反撃の暇も与えない。
 

 刹那も相手の攻撃を防ぎきっている。 
 

 お互い表情は清清しく、命の危険を全く感じていないようだった。
 

 その時、二人の攻防に割って入るように龍宮は銃弾を放つ。

 刹那にとっては神の手といっても過言ではないだろう。

 
 丁度蔵馬の四肢を狙った弾丸は、無残にも彼の薔薇棘鞭刃(ローズウィップ)により一振りで弾かれる。


 刹那と蔵馬の間合いが攻撃範囲外にまで追い払うことが出来たのがせめてもの救いだろう。


「危ない、危ない。忘れるところだったな……」 


 龍宮の奇襲攻撃にかろうじて避けたものの、蔵馬の表情は崩れることは無い。

 視線を龍宮に変え、改めて蔵馬は二人を相手にしていると再認識した。


 その時だった。
 蔵馬は何かを感じたのか、目だけ森の奥へと視線を変える。

 どうやら龍宮と刹那はまだ気づいていないようだ。 

 一瞬感じた何かを蔵馬はすぐ理解したようだ。
 ゆっくりと視線を刹那たちへと変えると溜息をつきながら彼女達に一言告げる。 


「さて熱くなってるところ悪いが、ここで終わりだ」


 興が殺がれたのか、あからさまに不機嫌な表情を浮かべる蔵馬。


 刹那達は一瞬表情を曇らせたが、すぐに正して蔵馬に向かう。


「逃げるのかい?」

「このまま続けてもそっちに勝機は無いと思うが?」


 龍宮の挑発も蔵馬はあまり気にせず、落ち着いた口調で相手に返す。


「まだ、決着がついていませんよ」

「オレとしても、もう少しやりたいところだったが……それも無粋な乱入者のおかげで台無しだ」


 刹那もまだ物足りないように反論する。  

 
 彼女と同じなのだろう。蔵馬も物足りなさを感じたが、彼は既に気づいていた。



「……臭いにつられてやって来たか」


 さっきまでの落ち着いた口調とは違い、今度は怒気を含んだ重い口調で森の奥へと言い放つ。
 

 さっきの言葉といい、蔵馬の視線が明らかに違う方向を向いていたので、ここで漸く刹那達もつられて奥へと見やる。

 誰も言葉を発していないその空間は静寂を保っていたが、何者かによる足音がそれを破った。


「ンン? ニンゲンガイルゾ」

「ホントダナ、ニオイガスルカラ近ズイテミレバ……コレハ美味ソウナ小娘ダナ」


 そこから出てきたのは人間とは思えないほどの体格。身長がでかいのは勿論のこと、二の腕や、太ももが既に常人とはかけ離れた太さ。まるで絵空ごとのような化け物が現れる。
 同時に彼等が現れた途端、あたり一面にこの世のものとは言えない異臭が漂う。 


「コイツ等はきっと魔界から来た妖怪だろう……臭いが酷い」


 明らかに穏やかな表情ではなく、冷め切った視線、凍てつくような殺気、目の前の相手をどうやって始末しようかと考えるような表情であった。

 
 直に感じた刹那達は声も出ず、彼の殺気が伝わっているのだろう。冷や汗がしきりに出ている。

 
「これが現状です……強い妖怪も出ればこのようなカスな妖怪も出るだろう」

「…………」

 まだ蔵馬から発する殺気に気圧されているせいか声が出ず沈黙のままの二人。

 彼の言っていた無粋な乱入者とは彼らのことなのだろう。

 刹那たちはただその相手を見ていた。 
 




 ●○●○●○●○



 ――刹那side


 
 ――これが本当の敵……

 相手の姿を見ても恐怖など込み上がらず、逆に自分達がしなければならないことに気づいた。

 新任の教師が何者なのかを確かめるためにここまで来た。

 思いもよらない戦闘だったが、何処か楽しんでいる自分がいる。

 もっと、もっとやりあえば先に見える強さが手に入ったかもしれない。

 それを邪魔されたのが今になってとても腹が立つ。

 何処か切なく感じるが、この勝負は一旦お預け。

 今度は誰も邪魔が入らないところでまたやりましょうね。南野先生。




 ●○●○●○●○



 ――龍宮side




 
 ――なるほど。こういうことか……

 彼の言っていたことが現実となり、心の奥底で沸々と高揚感が感じられる。
 
 この妖怪の始末であの学園長から別で報酬がもらえるかもしれない。 

 しかしそんな報酬よりも今は新任の教師が思わぬ実力者だと分かったのが一番の報酬だろう。

 軽やかな身のこなし。不思議な能力。戦闘において冷静さを欠かないキレ者。

 ほぼパーフェクトだな。

 これで学校生活もますます面白くなりそうだよ。先生。





 ●○●○●○●○




 二人の少女が何を考えていたのか蔵馬には分かるはずも無い。
 
 それでも彼女達の様子を見れば少なくとも三つ巴戦にはならないようだ。

 彼女達の様子を確認したあと蔵馬は目の前の木偶の坊の始末を考えたいるに違いない。




「それでも……」


 何かを言おうとする蔵馬に刹那と龍宮は彼に視線を移す。



「こんな雑魚を相手にするのは実に不愉快だ」



 平然と相手を愚弄する蔵馬の言葉が彼女たちのツボだったのか、刹那と龍宮も思わず苦笑いをしてしまった。
 

「不愉快ナノハ、コッチノホウダ!!」

 蔵馬の言葉に堪忍袋の尾が切れたためだろう。
 妖怪たちは怒涛のような勢いで駆け出し、蔵馬達目掛け一気に襲い掛かる。

 妖怪たちが襲い掛かってきてもなお、蔵馬達は全く動こうとはしない。

 それを見た妖怪たちはもはや自分達が勝ったのだと思い、思わず口元が緩んでいるのを知らずに腕を振り下ろす。
 



 まさにその瞬間だった……



 いつの間に攻撃しただろうか。
 
 蔵馬は一匹の妖怪を、手に持っていた薔薇棘鞭刃で手・足・頭など接合が不可能なほどバラバラにし、もう一匹の妖怪は頭を龍宮に打ち抜かれ、胴体を刹那によって真っ二つにされた。


 一瞬の内にあたり一面血の海となり、独特の臭いがあたり一面に広がる。
 
 今まで嗅いだ事の無い臭いに思わず鼻を抑える刹那。
 しかし、それ以上に蔵馬の表情が気になっていたためか、そっと蔵馬に近づいた。


「さて、帰るか……もうあたり一面暗くなってきたことだし」


 刹那が近づいていたのが分かっていたように、蔵馬はタイミング良く振り返り、フッと小さく微笑んだ。  
 
 それを見た刹那は動かなかった。動いた際ちょうど夕日が蔵馬の背後から現れ、逆光が思っていた以上に眩しかったのか目を細める。
 
 表情は確認できなかったものの、蔵馬の声はあの教室で聞いた優しく包み込むような声に戻っていた。 

 
「それと桜咲さん……」

「……はい」

「今度からは戦闘前提では無いようにお願いします」

「……すみません」


 この場での再戦を彼女は考えていたのだろう。

 刹那は一瞬期待を寄せていたが、蔵馬の一言にその期待も、ものの見事に潰されたようだ。



「……さて、あとは学園長から報酬を頂くか」

「まだ言うか?」

「意外な客だったんだ。それくらいはいいだろ?」 

「まぁ……オレが払うわけでもないし」


 龍宮の言葉に蔵馬は吃驚するが、彼女の性格も先ほどの戦闘で大方掴んでいるようだった。

 他人事のように学園長を哀れに思う蔵馬。

 それに対し苦笑いの刹那だった。  



 ●○●○●○●○


 
 ――蔵馬side



 三人が帰る頃にはもう夕日が地平線の奥へと沈みかかっていた。
 蔵馬はその照り輝く夕日に足を止め、不意に見上げるとあまりの眩しさに目を細める。


 ――おかしなものだ……世界観は一緒といっても過言じゃないのに、ここの夕日は物凄く眩しい……


 住んでいた世界とは違うのに環境は同じ、どうせなら小説で見るようなファンタジーへ行きたいものだと思った。
 


 だが、その考えは一気に吹き飛んだ。 



 自分の前を歩く二人の少女を見ると、この子達のクラスの副担任になったことは嬉しいことだと改めて感じる。


 侵入者と間違われいきなり攻撃を仕掛ける金髪の少女。

 非常識なことに何度も驚く自分。

 自分を兄と慕ってくれる幼い担任。 

 いきなり教え子に戦闘を仕掛けられたこと。


 まだ始まったばかりだと言うのに、こんな刺激が強過ぎる生活も悪くはないと考える自分に自嘲する。

 ――やはり“馴れ合いよりも刺激を”……かな。

 それでも昔自分が本当はこのような生活を求めていたのでは無いのかと考える。

 考え込んで立ち止まってしまったせいだろう。二人の少女は振り返り怪訝な顔でこちらを見ていた。  

 蔵馬はもう考えるのを止めた様に二人の少女の元へ歩き出す。表情は打って変わり、終始笑顔のままであった。




 ●○●○●○●○




 太陽が沈み薄暗い夜となった麻帆良を歩く三人。

 蔵馬は彼女達の先頭を歩いていたが、後ろにいる刹那はどこかそわそわした様子、龍宮は何事も無かったような表情をしていた。

「桜咲さん、どうしたんですか?」

 刹那の気の乱れに気づいてか、刹那の方へは振り返らず、歩みを止めない。


「今日は本当にありがとうございました。あと、すみませんでした」

 一応の感謝と謝罪に蔵馬も感ずかれないように徐に笑った。

 
「ふぁあ~……さて、帰ったらさっさと寝るか。今日は疲れたしな」

「自分で言うのもなんだが……あなたは謝る気は全然無いんですね」


 悪気を見せない龍宮に呆れながらも三人はスタスタと寮へ向かう。




「桜咲さん」

「何でしょうか?」

「“お嬢様”とは誰のことで?」

「えっ!? ……そ、それは」


 蔵馬はさっきの戦闘でふと疑問に思ったことがあった。

 それは刹那の言った“お嬢様”というキーワードについてのことだ。

 言葉が詰まる刹那だが。 


「あぁ、それは近衛のことだよ先生」

「龍宮!!」

「いいじゃないか……結局先生は敵じゃないんだし」
 
「それでも!」


 あっさりと龍宮が明かした。

 突然のことに刹那は龍宮に怒鳴るが、それを全く気にしないかのように彼女は眠気交じりの表情をしながら刹那の言葉に呆れていた。 



「ほぅ、なるほど。桜咲さんも木乃香さんの護衛なんですね」

「へ? ……“も”ってことは南野先生も」

「そうですよ……全く、学園長から聞いていればこんなことには」

「ハイ……スミマセンデシタ」 


 とことん何処か抜けている刹那に呆れる蔵馬だが、それ以上の追い討ちは彼女にとって酷だと判断したのだろう。
 彼女の謝罪のあと、とやかく言うのを止める。



「まぁ許してやってくれないか先生。こいつはお嬢様のことになるといつもムキになるからな」

「お、おい!」

 龍宮がニヤニヤしながらも沈黙状態の刹那に変わり、答える。
 
 龍宮の言葉が刹那の心を突く。
 また蔵馬に聞かれたこともあり、友からそういう風に見られていたためか、刹那は顔が熱くなっているのを感じた。 
 
 もちろん彼女の周りにいた二人の若者はそのとき既に刹那の顔が赤くなっていることを分かっていたのだが。


「別に恥ずかしがることは無いさ。オレも大切な人はいる」

「え、先生にもいるんですか?」

「し、失礼な。それ位はいますよ」

 刹那からの思いもよらない一言に焦る蔵馬だったが、すぐに気を取り直し、今は会えない母のことを話した。


 蔵馬の話をまるで紙芝居に夢中になっている子供のような顔で聞く刹那と龍宮。
 蔵馬は彼女達が夢中になって聞いてくれることが嬉しかったのだろうか、フッと顔を綻ばせる。


 それから三人は自分達の紹介や世間話に花を咲かせた。
 

「先生はどうして妖怪なのに人間の姿なんだい?」

 そこに龍宮がふと思い出したように蔵馬に尋ねる。

 刹那もそのことが気がかりなのだろう。龍宮の言葉にすぐ蔵馬に視線を変える。



「何も妖怪全てが人間離れな奴じゃないさ。オレみたいに人間型の妖怪はたくさんいる」


「でも先生の場合は妖怪云々よりも、体内はもう私達と同じ構造なはずでは?」

 
「う~ん、あまり深くは言えないが……オレは妖怪の時に人間の母体へと憑依したからね」


「妖怪の時の姿は?」


「それは言えない」


「どうしてなんだい?」

「人には言いたくないことは一つや二つあるものさ」

 最後の蔵馬の言葉に二人とも何か思いつめたような表情へと変わる。



「それに……」

 彼女達の様子に気づいているか分からないが、蔵馬は言葉を切らず、続ける。


「オレは“悪い妖怪”ですから」


 その言葉の後、彼女達はそれ以上問い詰めることはしなかった。

 彼女達自身も何か人には言えないことを持っているのだろう。


 だが、その“人には言えないこと”も、後に早くやってくるとは彼女達も蔵馬自身もまだ分からなかった。 




 ■□■□■□■□




「ふぅ、やっと着いたな」

「えぇ、都合よく電車にも間に合いましたし」

「さて報酬は明日にして……今日はもう寝るとするか」


 流石の彼女達もお疲れの様子だったが、しかし何か忘れていたのか、蔵馬はハッとなり刹那達へ振り返る。


「忘れるところだった……俺の本当の名前は“蔵馬”。誰もいないときはそう呼んでくれ」  

 不敵な笑みを浮かべ、蔵馬は軽く会釈をすると踵を返し、その場を後にしようとする。 
 
 そんな蔵馬の笑みに唖然としていた刹那達であったが直ぐに気を取り直すと慌てて蔵馬をひき止める。


「あ、あの…………私も刹那って呼んでくれませんか」

「あぁ、私も真名と呼んでくれ」
 
 恥ずかしそうに言う刹那と、それに気づいてどうでもよさそうに言う龍宮。
 
 
 彼女達の言葉にフッと笑みを浮かべ、彼女たちに視線を戻す。

「分かりました。それじゃあ刹那さん、真名さん」


 そして、今度こそ別れの挨拶を済まし、自分の部屋へと向かう蔵馬だった。






 ――蔵馬……か

 蔵馬の姿が見えなくなってからも、刹那はその場を動こうとはしなかった。
 自分と同じ立場なのかもしれないが、それでも彼なら共感が持てるのではないのかと、妙な感情が込みあがってくる。そんな感覚がこそばゆいが何故か安心する。

 龍宮が怪訝そうに見ていたが、それにも気に止めない刹那だった。




 ■□■□■□■□ 



 蔵馬の部屋はネギ達の隣であり、いつ何時でも連絡できるようになっている。部屋を確認した蔵馬はそそくさと目的地へと急ぐ。

 疲れが残っていたのか、階段を登るのにも思うように足が動かない様子。ようやくたどり着いた時には、彼は何やらお疲れであり、うんざりしている様だった。


 
 だが、そんな彼の視線の先にある人物を発見する。

 蔵馬は目が良いこともあり、遠目でも人物を確認することが出来た。ネギである。どうやら彼はずっと蔵馬を待っていてくれたようだ。
 


 ――待っていたならもっと早く帰ってくるべきだったな……
 
 バツ悪そうに頬をかくが、これ以上早く帰ることは出来なかったため、仕方なしに表情を戻す。



「あ、秀兄お帰り、遅かったね」

 
「……あぁ、今日は理科室の片付けをしてたんだ。それよりもネギはあの後どうしたんだ?」

 

 勿論嘘である。
 
 騙すつもりは無かったのだが、本当のことを言うわけにもいかない。
 
 蔵馬も本当にこんな嘘を信じるのかとあまりのお人よしに溜息をつくが、それでも信じてくれるネギに感謝していたかのように表情も柔らかい。
 
 
「えぅっ、す、直ぐに帰ったよ」

 扉を開けた直後にネギの声に落ち着きが無いことに気づいた蔵馬。

 大方あの後何かしでかしたに違いないと推測したが、自分も同じことをしてしまっていること忘れていた訳ではなく、追求は出来なかった。



(言えるわけ無いな……生徒と戦ってました。なんて……)


(言えない、惚れ薬飲んで生徒に追いかけられてたなんて……)



 お互いに隠し事をしていたためか、部屋の中に入っても両者とも顔を合わせる事は無い。
 二人とも喋らないせいで聞こえるのは部屋に掛けられた時計の音だけだった。 


 
 ――ま、不味い。何とか空気を変えないと……

 着替えている途中でも、ネギは全く喋ろうとはいない。

 今の雰囲気と疲れている体は彼には堪えるため、どうにかしてこの空気を変えたかったが、このときに限って中々案が浮かばない。

 心の中で格闘していた蔵馬だったが、そこに救世主の如く、明日菜と木乃香が入ってきた。


「南野先生やっと帰ってきたんやね。夕飯一緒にどうや?」

「そうだな。じゃあそうさせてもらいます」

 木乃香達が来なかったら正直どうしようかと迷っていたのだろう。
 木乃香たちが来た瞬間、蔵馬の表情はホッとしたように安堵の笑みが見られる。
 

「じゃあ行こう、秀兄!」

「ネ、ネギ」

 一緒に夕飯が食べられるのが嬉しかったのだろう、ネギは嬉しさのあまりつい秀兄と呼んでしまった。
 ネギの発言にうろたえる蔵馬だが、今となってはもう遅かった。

 恐る恐る明日菜達の方へ視線を移すと、そこには予想通りに呆気に取られている二人がいた。

「あ、あんた南野先生のことそう呼んでるの!?」

「えぇな~。うちもそう呼ぼうかな?」

 二人の反応に溜息が出る蔵馬と、どうしようかとあたふたするネギ。


「ネギ、それは誰もいないときだけのはずだが……」

「あぅ、ご、ごめん秀兄……」

 一応叱りつける蔵馬だったが、ネギ本人自覚しているため、それ以上に咎める事はしなかった。 


 ネギたちの部屋に入って蔵馬はまず食欲を誘う良い匂いに気づいた。

 匂いの元へ緯線を移すと、そこには彼を呆気に取られるほどの物があった。

 彼の視線の先には、中学生が作ったとは思えない、上出来すぎるくらいの見栄えと数の料理が並んでいる。

 今日、蔵馬の昼食はインスタントラーメン。久しぶりに食べたその味も到底満腹感を得られるはずも無い。

 目の前に現れている料理の数々に蔵馬我慢は限界に来ていた。  

 表情は変えず平静を装つが、その姿はややぎこちなく見えた。






 おいしい夕食を終え、蔵馬達は他愛も無い世間話に花を咲かせる。

 そこにどうやってネギの住処を知ったのか、次々と2―Aの生徒たちが入ってくる。

 次第に増える人数の多さに蔵馬もタジタジだったが、それでもネギと生徒達との光景に、暖かな目で見守っていた。


 生徒達が明日菜に追い出されるのを見て彼は思わず苦笑するが、その時、何処からか鼻を突くような臭いが彼を襲う。
 臭いの元を発見するため鼻に神経を集中させると、どうやら臭いの元は彼の体からだと判明した。
 
「昨日から洗っていないと流石に臭うな」

 蔵馬は怪訝そうな表情で臭いをかいでいたところに。





 ――少々髪が痛んでいる、トリートメントはしているのか……人間は痛みやすいからな




 ビクッ!!


 某暗黒武術会で殺したはずのKの声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

 ――いやいや! あいつは殺したはずだ!

 蔵馬は激しく頭を振り、もう二度と聞きたくは無かった声をまた聞く羽目になったためか、彼の顔からしきりに汗が流れている。


「しかし……流石に入らないとな」

 人間、体を綺麗にせずとも大丈夫なのだが、そのせいで生徒達に嫌われるのは耐え難いことだろう。
 
 蔵馬は部屋に備わっているシャワールームの使用を考えていたが、今日学校で耳にした大浴場というのもに興味を持っていたためか、今回はそこへいってみようと考えていたのだ。
 
 
(木乃香さん、ちょっと……)

「ん? どしたん?」 

 自分では探すのに効率が悪い。そう感じた蔵馬は無難だと思ったのか明日菜たちには聞こえないよう、小声でで木乃香に尋ねる。


(実はですね……)

(あぁ、それやったら……)

 寮についてネギに説明していた明日菜をチラ見しながらも大浴場への道筋を覚える蔵馬。 
 
 何故ネギたちに聞かれないように話したかと言うと、今日の授業・戦闘でもはやお疲れ状態の蔵馬は静かにお風呂を満喫したかった。
 
 そこにネギが来ればまた疲れるような気がしたからである。 

 一通りの道筋を覚えた蔵馬は逃げるようにその場を後にする。まるで忍者の様に全く音を立てず部屋を出て行く様は流石の木乃香も吃驚していた。



 
 ――あれ? 秀兄がいつの間にかいない……

 蔵馬が出て行ってから数分後に、ネギは漸く蔵馬が居ないことに気づく。
 辺りをキョロキョロしてはいたものの、当然蔵馬の姿はいない。

 そこに明日菜が何かに気づいたようにネギの体の臭いをかいだ。

「な、何ですか?」

「何か汗臭いわよ。アンタ……お風呂入ってるの?」

「え……」

 突然体の臭いを嗅ぐ明日菜の行動に多少訝しい表情を見せたがネギだが、アスナの言葉に思わず体を震わせる。

「いえ、その……日本に着いてからいろいろと忙しくてその……」

 ネギはしどろもどろしながら明日菜に言葉を返す。

「じゃあちょっとこの大浴場に行ってきなさいよ」

「えー……」

 ネギの臭いが嫌いなのだろうか、明日菜はネギに大浴場へと行くよう促す。

 それでもネギは文句を言いながら行こうとはしない。


「ぼく…………なんですよ」

「ん?」

 ネギは物々と口ずさむが、その言葉はよく聞こえない。
 
 木乃香は再度ネギに聞き直した。


「なあに? え? “フロぎらい”?」



 ――ブチ

 木乃香にひそひそ話すネギの姿を怪訝そうに見ていた明日菜だが、お風呂に入らない理由がなんと風呂嫌いだと分かると明日菜の中で何かが切れた。
 次の瞬間、食って掛かるような勢いでネギの襟を勢いよく掴む。

「何言ってんのよこのガキー!!」

「わああっ!」

「来なさいっ、私が洗ってやるからっ」 

 その勢いにネギも焦り、手をバタつかせる。しかしそれでも明日菜の手は離すこと無く、引き摺りながらもネギを大浴場へと連れて行く。
 
 その光景を見ていた木乃香だったが、不意に蔵馬の言葉を思い出し、明日菜へ言おうとする。しかし既に明日菜の姿は無く、どうすることも出来なかった。


「まぁ、ええか」

 何事も無かったように木乃香も急いで大浴場へと行く準備をしていた。







 ――蔵馬side――

 その頃蔵馬はというと既に大浴場“涼風”に到着しており、噂どおりの浴場なのか確かめるべく早速中へ入る。



「凄い……」

 そこで見たのは一度に百人くらい入るであろうその広さ。

 広いだけでなく、設備も良い様に整っており、噂以上の良さに彼は思わず感嘆の声を上げる。

 流石に元の世界では見ることの出来ない代物に、隅から隅まで辺りを見渡す。


 ――う~ん、こんな体験が出来るなんて……案外異世界も悪くないな。


 早速体を洗い、独りでは広すぎる浴槽で静かに背伸びし、お湯の温かさを直に肌で感じながら満喫する。 
 
 大浴場とはいえども、今は彼ひとりしかいない。そこで感じる静寂な空間。また熱すぎずぬるくも無い丁度の御湯加減に体が溶けてしまいそうな酔いしれた感覚が蔵馬を襲った。

 



「あ……やめっ…ダメですー!」

「何恥ずかしがってんのよ、ガキのくせに! ホラ脱ぎなさいよ!」


 ――ん、誰かいるのか?

 突然の声に自分の世界から現実へと引き戻される蔵馬。
 
 脱衣所から聞いたことのある声が耳に入り視線を移すが、それでもまだこの雰囲気を壊したくは無いためか、彼はあまり気にせず視線を戻した。



「えーーいっ」

「わーん」

 悲鳴にしては幼い声だったためか、不意にそちらへと視線を移す。その瞬間何かの物体が蔵馬めがけて迫ってくる。

 ――えっ? うそ……

 その物体は吸い込まれるように蔵馬の方へと向かった。

 お湯に浸かっている彼にとってとんでもない不意打ちなためか、それをただ見ていることしか出来なかったようだ。 
  


「わぷぅ!」

「ブッ!」

 勢いもあったのだろう着水の時に発生した大量のお湯が大雨のように降りかかる。 
 その時蔵馬は突然の出来事に、降りかかるお湯を避けきれず、少量口の中へと入り、咳き込んでしまった。


「うう~……あれ、秀兄?」

「あら、南野先生も入ってたの?」

 ネギも此処で漸く蔵馬の存在に気づき、何故此処に蔵馬がいるのかを疑問に思っているようである。
 
 明日菜も湯煙で蔵馬の姿など全く見えなかったのだろう。意外そうな声を上げていた。
 
 


「ゲホッゲホ、いきなり何なんだ?」

 突然の出来事に思わず声に怒気を含ませる蔵馬。
 
 さらに予想以上の量を飲み込んでしまったせいかまだ咳き込んでいる。
 

「ま、まぁ。いいじゃない……そう怒らないでよ」

 蔵馬の態度を察してか、明日菜もしどろもどろしながら許しを請う。


 彼女の言葉に、蔵馬も呆れながら表情を正す。 

 すでに彼は許していたのだろう。一瞬憤りを見せたが、それ以上に彼女達を叱る行為はしないところがそれを証明している。


「それよりも……さーてきちゃない仔犬ちゃんでも洗ってやろうかしら」
 
「仔犬? なるほど……ネギのことか」 


 明日菜の仔犬発言に直ぐネギだと判断した蔵馬。
 
 どうやら彼もネギがお風呂嫌いだと分かったのだろう。ここはあえてネギの味方にならず、ただ静観している。 

「コラーッ、待ちなさい!」

「じ、自分で洗いますよ~」

 追いかけっこをするネギたちを微笑ましく見る蔵馬。水面を走りまわる彼女達の姿にただただ、見守るだけである。
 


 
 ――あっちではどうなってるのかな? きっと幽助と桑原君は一層騒がしくなるだろうな。飛影は……どうなるやら。

 彼女達の姿を見て、蔵馬は不意に元の世界の仲間を思い出していた。
 
 その場で物思いに耽る彼の姿は、何処か絵になるような、端麗さが見えた。
  

 
「まったくも~。頭も自分で洗えないなんて、あんた本当に十歳なの?」

「はい、数えで十歳です」

 明日菜たちの声に意識を戻した蔵馬は、ネギたちに視線を移す。
 
 いつの間にか明日菜に頭を洗われているネギ。見るからに嫌そうな表情を浮べるのが分かる。
 
「ますますガキじゃないのよー!」

 ――勿体無いな~。お風呂嫌いなんて……

 蔵馬は頬杖を付きながらその光景を見やる。まるで姉弟の様に見えるネギたちの姿は、誰が見ても勘違いするだろう。
 
 蔵馬は一言も喋らずただ明日菜たちの会話に耳を傾ける。


「ああ、バイト……新聞を配る仕事ですか……何で中学生なのにそんな大変そうな仕事してるんですか?」

「うん。私“両親いない”からね、学費自分で稼いでいるのよ」

「…………」
 
 “両親がいない”その言葉を聞いた瞬間蔵馬は何か漠然としない感傷に耽っていた。 
 
 彼自身も親のいない世界など考えることが出来ないのだから。


 


 ――ガヤガヤ、ワイワイ――

「「ん?」」 

 突然脱衣所の方から何やら雑音が聞こえてきた。

 蔵馬と明日菜にはそれが人の声だと判断するが、今の状況から見れば今後の事態を危惧しないわけにも行かない。



「や、やばい! 誰か来た! 今日に限って早いじゃない」

「これは……不味いな」 

 流石の蔵馬もこの状況は思わしくないと感じたのか、声に重みが感じられる。


「か、隠れるのよ」

「うぷっ」

「わぷっ」

 明日菜の行動が予測不可能だったせいでもあり、また明日菜のバカ力のせいで成すすべなくお湯に突っ込まれる。

 その際にまた彼の口にお湯が入る。浸かっている時は心地良いそれも体内に入るとそうはいかない。

 胃に広がるその暖かさは彼の気分を逆なでする。


「ゲッ、いいんちょ達じゃない」

「グッ、なぜ俺まで……」

「勢いよ、勢い」

 確かにあのままだったら誤解を招く恐れがあっただろう。
 
 明日菜に何か懇願するような口調の蔵馬だが、当然彼女がそれを叶える術は無い。
 
 自分にむなしさを感じながら、それでも彼は委員長達が入ってきたことにより出るに出れない。


「――例えばプロポーションが完璧なこの私のような――」

「でも胸は私の方があるよね」

「う、うん」

「胸が大きい方が母性的とは言えるのです」

 耳を傾けるとあやかたちの会話が入ってくる。

 2―Aらしい内容である。それもいつもどおりに捕らえてしまっている彼も自分に気づいてか今日何度目かの溜息をはいた。

 
 (何か凄いことになってないか?)

 (確かに……でもこいつが出てってくれるなら私には好都合だけどね)

 (そ、そんな~!)

 明日菜の邪険振りとネギの困った表情。それらのやり取りを見ると思わず苦笑いをする蔵馬。 
 
 また視線をいいんちょ達に移せば、今度は中学生離れした身長の持ち主長瀬が入る。それを機に次々と生徒達が入ってきた。


 ――っく、目のやり場に困る。あぁ、どうしてこんなことに……

 次々と入ってくる生徒達にどうする事も出来ない蔵馬。
 
 彼女達の体型がすでに中学生離れしているせいでもあり、どうしても彼は自分より年下とは思えないようだ。 

 自分の男としての理性と格闘中の蔵馬はその場で動かなくなってしまった。
 


「えー、何の勝負をしてるですか?」

「何でも胸の大きい人がネギ先生をもらえるということです」


 ――あぁ……やはりこうなるのか

 予想通りの結果に項垂れる蔵馬。
 
 耳が良過ぎるというのも案外嫌なものなのだろう。

 聞かなければ良かったものも、無意識のうちに脳へと入っていく。

 特に2―Aのこととなると彼女達の思考はいつも蔵馬の上を行っていたのだから。



 しきりに聞こえる彼女達の声になるべく意識せず、蔵馬は脱出経路を図るため一度生徒達の配置を見渡す。しかし、そこで蔵馬は見てはいけないものを見てしまった。


 ――な、真名さん!? それに刹那さん!?

 そう、蔵馬が見つけたのは龍宮と刹那である。


 ――ま、不味い。此処で見つかったら誤解を解く前に殺される……

 どうやら蔵馬の頭の中では、死々若丸のように魔哭鳴斬剣を持った刹那と、黒い笑みを浮かべた仙水のように両手に拳銃を持った龍宮を想像してしまったようだ。
 
 蔵馬は長く風呂に入っていたせいか、また嫌な想像してしまったせいか、顔には滝の様な汗がしきりに流れていた。




 ●○●○●○●○





 そのころ蔵馬が風呂場にいることも露知らず、刹那と龍宮は浴槽に入る前に体を洗っていた。
  
「結局、風呂は入るんだな……」
 
「当たり前だろ? 汗をかいたまま寝れるか」

 刹那の呆れた声に龍宮はいかにも当然と言った表情で刹那を見る。

「……それで? まだ何かあるのか?」

「……あぁ」

 刹那の言葉に何かを感じたのか、龍宮は言葉だけ刹那に向ける。


「思い切って、蔵馬さんに頼んでみようと思う」

「……何を?」

 彼女達の周りでは未だにスタイル勝負をする2―Aの生徒たち。

 当然刹那たちの会話など耳に入るはずも無い。 


「稽古を付けさせてもらおうと思う」

「…………」

 刹那の芯の通った声に、龍宮も黙って耳を傾ける。

 シャワーの音と、生徒たちの声が支配する大浴場でも、龍宮は刹那の声を聞いている。


「やめた……やっぱりもう少ししてからだな」

「何だ? この後言うんじゃないのか?」

「……蔵馬さんも『昨日来たばかりだ』って言ってたし、ここは焦らず、自分で出来るところまでやってみようと思う」

 一度刹那と龍宮の間に数秒間の間が出来てしまう。

 一度は決心した刹那もこの時間のうちにまた意思を変更する。


「フフ、なるほど『これ以上の迷惑は掛けられません』と言うわけか」

「……そういうことにしといてくれ」

 刹那の言動に苦笑しながら、龍宮は淡々とシャワーを浴びていた。

 刹那もそれ以上喋ることはなかった。





 ●○●○●○●○





 蔵馬たちの方へと戻す。



 縮こまっている蔵馬に気づいていないのか、明日菜とネギはさっさとこの場から立ち去ろうとする。
 
 しかし運悪く躓き、それがさらに悪い方向へと導く羽目になる。
 
 これに漸く気づいた蔵馬は突然の出来事の様に周章する。こうなってしまってはもはやネギ達を助けられそうにないと悟るしかなかった。

 
 蔵馬が困惑している最中ネギは何か思いついたのだろう。近くにあった自分の杖を持ち、蔵馬には分からないような言葉を呟く。  
 その瞬間一筋の風が吹き、明日菜の胸が一気に大きくなった。


 ――本当に魔法は何でもありだな……だが、ここしかない!! 

 魔法の力により明日菜の胸がどんどん大きくなっていく。初めは驚いていた蔵馬であったが、これを機に自分の近くにあった観葉植物の土に、持っていた魔界の植物を植える。
 もちろん人に害をなす植物ではない。


「アスナの勝ちだー!」

 桜子がここで勝負ありの声を上げる。周りもつられて歓喜の声を上げる。
 
 どうやらいいんちょ以外の生徒はその光景が不自然には思わないようだ。


「イヤ~! 何この植物!?」

「う、動いてるよ~!?」


 しかし明日菜の胸が大きくなりすぎ破裂したことや、蔵馬が放った植物で大浴場は混乱と化した。

 ――すまない、ネギ……

 蔵馬はこの一瞬の隙を突き、一気に脱衣所まで駆け込む。

 その際に一度ネギに視線を移すが、案の定彼は自分の魔法の効果があまりにも大きかったことによりその場でオロオロしていた。

 この姿を見た蔵馬は事態が収拾不可能になったのは多少なりと自分のせいでもあるため、心の中でネギに謝罪する。もちろんネギにこのことは分かるはずも無かった。






 何とか見つからず部屋に戻った蔵馬は部屋でゆっくりとくつろいでいたのだが、隣の部屋から100%、いや120%の戸愚呂並の殺気を感じた。
 
 蔵馬はこの殺気を今日の授業で感じたのと全く一緒だと分かり、それがまた明日菜であることも分かった。
 
 このような殺気を垂れ流していてはこちらとておちおち休むことが出来ない。それゆえ暫らくはゆっくり出来なかった。

 
「あれなら、幽助でも負けるな……」

 隣で鳴り止まない怒声を聞きながら、蔵馬はコーヒーを静かに啜り、独り呟いた。




 ●○●○●○●○




 ――刹那・龍宮side


 蔵馬が出て行ってから数分後、訝しげな表情の龍宮は刹那に打ち明けた。


「なぁ刹那」

「何だ?」

「さっき妖気を感じたのは気のせいか?」

「……確かにそれらしきものは感じたが」


 どうやら刹那も龍宮と同じ意見のようだ。

「まさか……」

「いや、それは無いだろう。蔵馬さんに限って」

「それもそうだな」

 一度は可能性として考えていた彼女達の思考がよもや当たっているとは勿論蔵馬は知るはずも無く、また彼女達も当たっているとはだれも知らないだろう。

 麻帆良白書(×幽遊白書 オリ有)

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